LOGIN森はどこまでも深く、頭上を覆う枝葉は陽光を遮り、昼であるはずなのに黄昏時のような薄暗さを漂わせていた。
湿った土と苔の匂い、木々の間を渡る風の音――それらすべてが同じに感じられ、セリュオスは何度歩いても同じ場所に戻って来るような錯覚に陥っていた。「……やっぱり、方向感覚くらいは鍛えておくべきだったか」
額の汗をぬぐい、苦笑混じりに吐き出す。 勇者の紋章を持っているとはいえ、冒険者としてはまだ駆け出しである。 剣の重みも旅の孤独も、まだ肌に馴染んでいなかった。そのとき――森を裂くように獣の咆哮が響いた。
低く重く、地の底から湧き上がるような「そこよ! いいかげん倒れなさいって!」
風が唸りを上げて矢を押し出す音がした。 その声を聞いたセリュオスは本能的に駆け出していた。木立を抜けた先、その視界に飛び込んできたのは――巨大な影。
それはバルガル・グリズリーと呼ばれる魔物だった。背丈は人の二倍を超え、肩の盛り上がりは岩のように厚い。
逆立つ毛並みは闇夜の針山のようで、血で濡れた爪は鋭い刃にも勝る光を帯びていた。 何本かの矢がその身に刺さっているが、効果があるようには見えなかった。その怪物に対峙していたのは、一人のエルフの女性。
長い金髪が揺れ、しなやかな肢体は弓を引く動作に合わせて緊張と解放を繰り返していた。 碧色の瞳は凛と輝き、決して「ぐるぅうううっ!」
「危ない!」
セリュオスは考えるより先に地を蹴っていた。 エルフの前に飛び出し、左手を突き出す。「――《ルクス・クトゥム》!」
眩い光が広がり、宙に輝く盾を描き出していた。直後、凄まじい衝撃が襲った。
巨体の質量が一挙にぶつかり、骨の髄まで響く圧が押し寄せる。 セリュオスの足元の土は
「はぁっ……! なんとか受けきったか……」
「ちょっと! いきなり前に現れて何してるのよ!」すると、セリュオスが守ったはずのエルフから怒声が飛んできた。
彼女の眉は「何って、君を助けたんじゃないか!」
「助けなくても良かったわ! あなたが邪魔してきたせいで矢が逸れたじゃない!」二人が口論する間にも、バルガル・グリズリーは再び咆哮し、爪を振り下ろす。
その一撃は簡単に木をへし折ってしまう威力を持ち、盾がなければ二人など一瞬で肉片に変わっていただろう。「来るぞ!」
セリュオスが盾を構え直し、再び爪を受け止める。 火花のように光が散った。「今度こそ射線を空けなさい! 次のは怪我じゃ済まないわよ!」
エルフは軽やかに横へ跳び、弦を引き絞る。 矢が放たれた瞬間、風の「よし、いいぞ!」
「あなたの応援なんていらないから!」 「いや、俺の盾がなければ、その前に潰されていただろう?」 「何それ! それくらい避けてたし、勝手に手柄を横取りしようとしないで!」言い合いながらも、セリュオスは確実に魔物の突進を止め、エルフはその背後から的確に矢を射抜いていく。
まるで互いの反発心がかえって戦術をかみ合わせているかのように思えた。(――悪くない。戦い方が、妙に
バルガル・グリズリーは狂乱のごとく大地を踏み鳴らし、木々をなぎ倒しながら二人を追い詰める。
森全体が巨獣の暴れに揺れ、鳥たちが群れを成して飛び去っていく。「くっ……持たせる!」
セリュオスは盾に力を込めるが、衝撃を受け止めるたびに土煙が舞い上がった。「だったら早く崩して! 私の矢だけじゃ仕留めきれない!」
「わかってる!」 深く息を吸い込み、セリュオスは再び詠唱を開始した。「――《ルクス・クトゥム》!」
盾が輝きを増し、猛熊の爪を逸らす。 その隙を逃さず、エルフは跳び上がってからさらに身を反らし、矢を放った。 風矢は一直線に魔物の片目へ突き刺さる。 血が噴き出し、猛熊が絶叫する。「グォォォォッ!」
「今だ! 止めを刺すんだ!」 「私に命令しないで!」 反発はしつつも彼女は矢を三本同時につがえ、風を巻き込んだ。「《スピラ・ヴェンティ》!」
弦が震える音は雷鳴のように重く、放たれた矢は竜巻のような軌跡を描いて胸を貫いた。 巨体が膝を折った瞬間、セリュオスは渾身の力で跳び込み、剣を振り下ろす。刃が骨を断ち割り、血の霧が辺りに舞い散った。
バルガル・グリズリーが絶叫とともに倒れ伏し、大地を震わせた。――そして、森に再び静寂が訪れた。
巨体が地に沈んだことで、森は先までのセリュオスは荒くなった呼吸を整えながら剣を抜き取り、肩で息をついた。
「……ふぅ、やっと倒れたな」しかし、エルフはセリュオスの言葉に応えず、ジリジリと倒れた猛熊に歩み寄っていた。
その目は一瞬たりとも魔獣の亡骸から逸れていない。「おい、もう死んでるだろ。これだけの血を流して動けるはずが――」
「――甘いわ」 短く切り捨てるような声が返る。 エルフは短刀を持ったまま、倒れた巨体の目の前まで進んでいく。 その時、死んだと思われたバルガル・グリズリーの片足が、
「まだ生きて……っ!」
だが、フィオラの持つ短刀が、それより早く心臓を貫いていた。 短い「ほらね。息の根を止めるまで、戦いは終わってないの」
目の前でそれを見せつけられてしまっては、セリュオスも苦笑を浮かべることしかできなかった。「……用心深いにも程があるな」
「経験則よ。あなたみたいに“倒したから終わりだ”って安心して、返り討ちに遭ってきたヤツを何人も見てきたから」 辺りに漂う血の匂いに眉をしかめつつも、エルフはしゃがみ込み、死骸の体毛をめくって傷口を確かめる。 その手つきは冷静で、慣れている。 セリュオスは剣に付着した血を拭いながら、その姿をしばし黙って見つめていた。「……で? まだ何かするのか」
「当たり前でしょ」 エルフは短刀で手際よく猛熊の爪を切り取った。「バルガル・グリズリーの爪は高く売れる。冒険者なら常識でしょう」
「死体を売って、金になるのか?」 「“素材を回収した”のよ。むしろ、無駄にするほうが不自然だと思わない?」 セリュオスは絶句する。 勇者としての理想や正義感と現実的な冒険者の常識がぶつかって、言葉が出てこなかった。「なによ、その顔」
「いや……ちょっと、その、驚いただけで……」 「……ふん。世間知らずの人間、ってわけね」 エルフは立ち上がり、爪を布袋に収めると、初めてセリュオスの方をまっすぐ見る。 碧色の瞳は冷たいようで、しかし底にかすかな興味が「で? あなた、この森に何しに来たの?」
「……俺はセリュオス。勇者だ。魔王軍を倒すために冒険に出たところだ……」 「勇者、ね。私はフィオラよ。でもあなた、勇者として旅に出たのはいいけど、この森で迷子になったんでしょ? ダサいわね」「うっ……ぐ……。な、なぜそれを……」
「あまりに世間知らずだったからそう思ったの。普通の冒険者はこんな森の奥地まで何の用心もせずに入って来ないから」 言葉に詰まるセリュオスを、フィオラはくすりと鼻で笑った。「ま、野垂れ死なれても気分が悪いだけだし、道案内くらいはしてあげるわ」
「本当か? ……ありがとう」 「勘違いしないで。感謝されるために言ったんじゃない。あなたの死体でこの森を汚したくないだけ」 フィオラはそっけなく言い放ち、森の奥を指差した。「ついて来なさい。街まで出る道を教えてあげる」
セリュオスは肩をすくめ、剣を腰に収めた。 心の中で、妙なエルフと出会ってしまった……と◆現代世界(アルスヴェリア)●セリュオス 辺境リオネルディアの村出身の人間。 義父はオルフェン、義母はセリナ。 勇者として覚醒してから魔王討伐の旅に出た。●フィオラ エルフの女性で、弓と魔法のどちらも扱うサポーターである。 竪琴を弾いている時間が彼女にとっての安らぎ。 イヴェリナとクイラという妹分とエルフの仲間たちを救い出すため、セリュオスに同行した。●ダルク ドワーフのおっさんで、怪力で巨大な斧を振るう戦士である。 酒と旨い飯には目がない。 実はフィオラも認めるほどに歌が上手い。 ドワーフの誇りである鉱山を取り返すため、セリュオスに同行を願い出た。●ミュリナ 猫人族の少女で、その俊敏な動きで二つの短剣を扱う盗賊である。 特に魚が大好物で、意外に義理堅いやつである。 魔王との因縁というよりも、居心地の良さが決めてとなってセリュオスに同行することを決めた。●アベリオン 最後に勇者パーティーに加わった槍使い。 元は神官職だったらしいが、魔王軍に入ってから闇に染まってしまった。 王国に故郷を焼かれたことで人間を信じ切れなくなっていたが、セリュオスたちの光に心を打たれて同行することを決めた。●エレージア 七つの心臓を過去の文明に置いて来たため、現代では不滅の存在となった最強の魔王。 勇者パーティーを試すような奇々怪々な言動を取り、混乱させる。 その見た目は女性ではあるが、圧倒的な実力の持ち主である。
「……女だからって、容赦はしないっ!」 果敢に先陣を切ったセリュオスがその剣を全力で振り被る。 だが、魔王はセリュオスの剣を闇の力を纏ったその手で軽々と受け止めていた。「っ……!」 セリュオスは剣を握り締めて全力で押し込もうとするが、魔王はびくともしない。「ほら、遠慮してないで全員でかかって来なさい」「くっ……ここで諦めるわけにはいかないわ! 《スピラ・ヴェンティ》ッ!」 フィオラは最初から油断することなく、風を纏う矢を解き放った。 しかし、魔王の黒い魔力の渦が矢の軌道を歪めてしまう。 弓から放たれた螺旋の矢は直前で勢いを失い、あっけなく床に叩きつけられた。「断轟破ぁぁああ‼」 ダルクは怒りを滲ませて、ありったけの力で斧を振るった。 断轟破の衝撃で辺りの石柱は砕かれ、そのまま魔王にも勢いよく迫っていくが、玉座の周囲に張られた魔力の結界が衝撃波を打ち消していた。「な……なんだよ、この力は……!」 ダルクが叫びが虚しく響く。「力だけは立派だと思うわ」「次はボクがっ! 影猫乱爪にゃっ!!」 ミュリナは俊敏な身のこなしで魔王に接近し、両手の短剣で斬りかかる。 だが、魔王の魔力の波に弾かれ、攻撃は空を切った。 彼女は素早く後退し、次の機会を狙っている。「あなたはずいぶん俊敏な動きをするのね……」「黒槍・奈落穿葬ぉぉ‼」 そして、ついにアベリオンも攻撃に加わった。 黒く燃えるような闇の槍撃が魔王に迫る。 しかし、魔王は目の前に魔力の盾を作り上げ、アベリオンの奥義すらも難なく受け止めてしまった。「四天将の力程度、私に効くと思っているの?」 セリュオスたちの攻撃は魔王の余裕の笑みを崩すことができない。「私が待ち侘びていた勇者パーティーの力がこの程度だったなんて……」 次の瞬間、魔王の指先から黒い光線が放たれる。 それは最も魔王の近くにいたセリュオスの肩を掠めた。「ぐっ……!」 後方ではアベリオンが盾を構え、何とか魔力の光線から仲間たちを守ることができたが、セリュオスだけは庇うことができなかった。「セリュオスッ!?」 セリュオスが膝をつくと、フィオラが駆け出して治癒の魔
灰色の雲が垂れ込める空の下、五人は荒涼とした大地を進み、魔王城の影が徐々にその姿を現し始めた。 その城壁は高く、巨大な門は閉ざされているものの、その威圧感は圧倒的だった。「……魔王城だな」 セリュオスがこれまでの旅路を思い出しながら呟いた。 短いようで長い旅だった。 村を出てから広大な森を抜け、高い山を越え、街道をひたすら歩き、荒野を抜けて、深い谷を越えて、ここまで来た。 この仲間たちと出会わなければ、ここまで辿り着けなかったかもしれない。 ダルクは斧を肩にかけ、城壁を睨んでいる。「まあ何つーか、思ったより静かだな。明らかに見張りも少ないし……いや、これってまさか何か意図があるんじゃねえか?」 フィオラは一切警戒を解かず、矢筒に手をかけている。「魔王は何を考えているの? 見張りを減らしていいことなんて何もないのに……」「おみゃあらはちゃんと下がってろにゃ」 いつの間にか罠を探知する逞しくなっていたミュリナは、しなやかに身を屈めながら先頭を歩き、通路に罠がないか確認しながら言った。 アベリオンは少し後ろに下がり、肩に力を入れる。「私は……万が一の盾役だ。何かあった時は頼ってくれて構わない。魔王さまはそれだけ強大なお方である」「本当に盾みたいに堅いヤツだな」「違えねえや」 ダルクはそう言って笑いつつも警戒は怠らない。「これで開くんじゃないか?」「セリュオス! また勝手なことを……!」 フィオラの制止を聞かずにセリュオスはレバーを手前に引いてしまった。 すると、巨大な門が地響きを上げながら開いていく。「別に開いたんだから、いいだろう?」 セリュオスの無神経な言動に呆れながら五人が城内に踏み入ると、外と同様に見張りの数は少なく、通常なら四方を固めているはずの兵士が、あえて絞られていることが明らかだった。「まさか……、オレたちを誘き寄せるためにわざと減らしているとでも言うのか?」 ダルクが低く呟く。 セリュオスは皆の背中を見渡し、短く頷いた。「いや、気を抜くな……。どこから襲撃があるかわかったもんじゃない」「誰もいないのにゃ……」 俺が言った直後にそれを言うなと思うセリュオスだったが、そのツッコミは飲み込むことにした。「だが、魔王のような強大な気配
そこは黒い雲が空を覆い、月の光も僅かにしか届かないような場所だった。 不気味に聳え立つ魔王城の尖塔が遠くに見えている。 冷たい風が吹き抜け、乾いた砂がセリュオスの顔に当たった。 そんな不穏な空気の中、五人は小さな野営地を築いて焚き火を囲んでいた。 ついに、明日に魔王城突入の日を控えていたのだ。 セリュオスたちにとっては火の暖かさだけが唯一の慰めであり、今夜が静かな夜になることを祈ることしかできなかった。 揺れる火を見つめながら、セリュオスがそっと口を開く。「やっとここまで来たな……。みんな、無事にここまで来れて良かった」 フィオラは焚き火に背を預け、静かに夜空を見上げている。「私たちが魔王に負けそうな雰囲気を出すのはやめてほしいけど、もう後戻りはできないわよ……。あとは前に進むだけ」「すまん、そういうつもりではなかったんだがな……」 セリュオスは頬を掻いた。 その横でダルクは大きく溜息をつき、腕を組んで笑っていた。「まさか、オレたち五人だけで来ちまうとは思ってなかったなァ。少人数ってのも悪くはねえけどよ、こうして同じ火を囲めるわけだし。……明日はオレたち、どうなっちまうんだろうな……」 いつも陽気なダルクでさえ、今だけは弱気になっているように見えた。 ミュリナは猫のような目を細めて、ぼんやりと焚き火を見つめながら口を開いた。「にゃあ、セリュオス。次の魚は、いつ食べれるのにゃ……?」 それを聞いたダルクが大きな声で笑い飛ばす。「最後の晩餐かもしれないってのに、お前さんは次の飯の心配かよ! どこまで気楽なんだァ!」「それだけ不安なのかもしれないな……」「不安、かにゃ……?」 アベリオンがミュリナに同情を示したが、ミュリナはその首を傾げていた。 セリュオスは苦笑しながら、火の傍で静かに座ったままのフィオラの方を見た。「フィオラ……。俺がどうなっても、お前は必ず仲間たちと城を出るんだ。俺は……たとえ命を犠牲にしてでも魔王を討つ。これは俺の願いなんだ。お前たちには生き延びて、必ず幸せになってほしい」 フィオラは一瞬息を呑み、目を伏せたまま答える。「……わ、わかってる……。でも、そんな……」「セリュオスとフィオラがなんだかラブラブに見えるにゃ……」
荒野に剣戟の甲高い音が響き続けている。 その音の発生源となった衝撃のもとで、どれだけの土砂が飛び散っただろうか。 セリュオスの剣とアベリオンの槍が幾度となく火花を散らし、地面には数々の抉られた跡が刻まれていた。 セリュオスがアベリオンに苦戦しているのは、誰が見ても明らかだった。「……でも、どうしたら、セリュオスが迷わずに戦うことができると言うの……」 フィオラは胸元で弓を握り締め、声を震わせた。 彼女の瞳には、攻め切ることができずに膠着しているセリュオスとアベリオンの姿が映っている。「おい、フィオラ」 隣で立ち上がったダルクがぼそりと声を掛ける。「お前さんが後ろで震えてたら、あいつはもっと迷っちまうんじゃねえか? そんなんじゃ、坊主だって負けちまうかもしれないぞ?」「ダルク……」「ダルクの言うとおりだにゃ」 ミュリナも腕を組み、フィオラに顔を向けている。「セリュオスが本気を出せないのは、おみゃあが傍にいないからにゃ。……本当に信じられる仲間が傍にいれば、アイツはきっと誰よりも強くなるヤツだと思うのにゃ」「ミュリナ……」 フィオラは大きく息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出した。 すると、手の震えが収まり、その目には決意が宿ったように見える。「そう、だよ……! 私がセリュオスを信じてあげなくて、どうすんだって話だよね!」 ようやく覚悟を決めたフィオラは弓を背中に戻し、セリュオスのもとに向かって駆け出した。「やれやれ、やっと嬢ちゃんもやる気になったか……」「まったく手のかかるヤツらだにゃ」「お前さん、まだ若い割に古株みてえなこと言うんだな……」 ダルクはミュリナを見て瞠目していた。「ほら、ぼさっとしてにゃいで、残りを片付けるにゃ!」「お、おう……」 二人は温かくフィオラを見送ってから、魔王軍残党との戦いに戻るのだった。「セリュオス! 私があなたを支えるから! 一緒に、アベリオンを倒そう!」 聞き馴染みのある声が響いた瞬間、セリュオスの瞳が揺れた。「……フィオラ……。……ああ! 俺たちでアベリオンと戦おう」 そうだ、自分は一人じゃない。 守るためなら、アベリオンが人間であろうと戦わらなければならない。 そうセリュオスが決意した瞬間、フィオラから光の魔力が
乾き切った大地の上を、風が唸りを上げながら駆け抜けていく。 砂粒が無数の刃のように空へと跳ね上がり、茶色の世界を覆い隠す。 視界の外は薄黄色の靄に包まれ、遠くの岩影すら捉えることはできない。 魔王軍の四天将アベリオンと対峙したセリュオスの間には緊張が走っていた。「お前たちは離れてくれ」 セリュオスの指示でフィオラ、ダルク、ミュリナの三人は少し離れた場所でアベリオンが引き連れていた魔王軍の一団と刃を交えることになった。 鉄と鉄がぶつかり合う音がこだまして、無数の魔法が荒野に光を齎す。「断轟破ッ!」 すると、先陣を切ったダルクの斧から迸る衝撃波が敵兵を薙ぎ倒していき、砂煙を巻き上げた。 「ふふんっ♪ 次はボクの番だにゃ!」 鼻歌混じりで縦横無尽に戦場を駆けるのはミュリナだ。「影猫乱爪にゃッ!」 ミュリナの俊敏な影が地を走り、両手に持つ短剣が複数の敵の鎧の隙間に狙いを定めて切り裂いていく。 あっという間に攻撃を終えたミュリナは鮮やかに後方へと飛び退いた。「これくらいなら余裕だにゃ!」「早くセリュオスと合流しないと!」「嬢ちゃん、わかってるぜェ!」 フィオラの声に合わせ、ダルクの斧が振るわれ、迫る魔王軍の兵士たちを次々に薙ぎ払っていく。 ミュリナが駆け回り、フィオラが魔法を放ち、戦場は混沌と化していた。 そんな激闘がおこなわれている最中──。 セリュオスと対峙していたアベリオンがようやく口を開いた。「貴様が、勇者セリュオスだな」「……ああ、そうだ」「勇者と戦えることができるなんて、私は幸運だ……」 剣を構えながら、セリュオスは目の前の男の姿に眉を寄せた。 魔王軍の鎧をその身に纏ってはいるが、魔族らしい角も牙もない。 それはまるで――。「アベリオン。お前はまさか、人間なのか……?」「……貴様らに語ることはない。ただ、ここで果てよ」 アベリオンは静かに言い放った。 その声はひどく冷たく、切なさを感じさせるようなものだった。 そして、アベリオンは槍をゆっくりと構え直す。「……!」 その瞬間、二人の衝突が始まった。 セリュオスは剣を振るい、アベリオンの槍を迎え撃った